きよみちゃんは、ずっと赤ちゃんだった。
いつも乳母車に乗せられていたから、赤ちゃんだと思っていたけど、
本当は私と年が1つしか違わなかった。
先天性の病気で、立つことも歩くこともしゃべることも
一生できないのだと言われていた。
きよみちゃんは、家の前でよく日なたぼっこをしていた。
「おばちゃん、きよみちゃんとお散歩していい?」
体が小さい私では乳母車を押すことができなくて、
同い年だけど大きいゆうちゃんと、ゆうちゃんのお姉ちゃんに
押してもらって、4人で時々お散歩をした。
潮風とお日さまの中で、ニコニコと笑うきよみちゃんを見ていると
とても幸せな気持ちになった。
何羽ものカラスがぐるぐると空を飛んでいる薄暗い日、
きよみちゃんのお父さんは海の事故で亡くなった。
丸顔で、髪の毛がくりくりしていて、いつも朗らかだった
キューピーさんみたいなおじちゃんの顔を思い出した。
何日かたって、きよみちゃんとお母さんは引っ越して行った。
実家へ帰ったのだと聞いた。
私はもっときよみちゃんと遊びたかったのに、と思った。
「なんであの家には不幸なことばかり起こるんだろうねー」
大人たちはそう言った。
お父さんが亡くなったのは不幸なことかもしれないけど、
病気のきよみちゃんは不幸なのかな。
きよみちゃんと遊んでいると幸せな気持ちになれるのに、
どうして「不幸」だと言うのか、わからなかった。
<第7話>
小学校に上がる少し前、隣にかよちゃんが引っ越して来た。
かよちゃんは1つ年上で、目が大きくて色が黒くて、
エキゾチックな顔立ちをしていた。
弟と妹がいるお姉ちゃんだったからか、とても大人びていた。
お母さんはハキハキした活発な人で、おっとりした私の母とは
なぜか気が合った。私たち家族はすぐに仲良くなった。
かよちゃんはよく気がつく優しい子だった。
私が知らないこともいっぱい知っていて、遊んでいると楽しかった。
ある日、公園でブランコに乗っていると、ようこちゃんがやって来た。
「まゆちゃん、私とかよちゃんのどっちが好きなの?」
答えられなかった。
かよちゃんはかよちゃんで、ようこちゃんはようこちゃんなのに、
そんなことを聞かれても答えようがなかった。
「言えないなら、ここに名前を書いて!」
土に文字を書くための棒を渡された。
私は棒を持ったまま、ずっとその場に立っていた。
浜からの風に揺れるブランコの、ギリギリと錆びた音が響いた。
あたりはだんだんと薄暗くなっていった。
かよちゃんが私の耳元で言った。
「まゆちゃん、"ようこちゃん"と書いておうちに帰って」
そうすれば、ようこちゃんの気がすむことはわかっていた。
だけど、かよちゃんの前で嘘をつくのは絶対に嫌だった。
いっそのこと"かよちゃん"と書いてしまおうか・・・・
でもそんなことをしたら、ようこちゃんを深く傷つけてしまう。
私はいたたまれなくなって、その場から逃げ出した。
家に帰って少しして、ようこちゃんが1人で家に来た。
「おばちゃ〜ん、まゆちゃん帰ってる?」
私は母に「出たくない」と言った。
ようこちゃんは帰って行った。
「どうしたの?けんかしたの?」
「なんでもない」
その後も母は私に何も聞かなかった。
この複雑な気持ちは、誰にも説明することができなかった。
(2007/2/25)